東京都青少年健全育成条例の改正された部分によって、描写すると指定される可能性のある刑罰法規一覧

2010年の12月に可決された東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案が7月に施行されるまで1カ月を切りました。
この記事では、改正された条例中の「刑罰法規」とはどういう意味なのか、現在わかっている範囲で整理します。



可決前に不安視されていたことのひとつは、条文中の「刑罰法規に触れる」と言う箇所でした。

(図書類等の販売等及び興行の自主規制)
第7条 図書類の発行、販売又は貸付けを業とする者並びに映画等を主催する者及び興行場(興行場法(昭和23年法律第137号)第1条の興行場をいう。以下同じ。)を経営する者は、図書類又は映画等の内容が、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、相互に協力し、緊密な連絡の下に、当該図書類又は映画等を青少年に販売し、頒布し、若しくは貸し付け、又は観覧させないように努めなければならない。
(略)
二 漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの


東京都青少年の健全な育成に関する条例
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/08_p1_1.pdf


山口貴士氏は「刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為」という条文の問題のひとつについて以下のように述べています。

「刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為」を考えているうちに、疑問が湧いてきました。「刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為」は要するに犯罪ということです。

現行法を基準にして考えた場合、「刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為」には、強姦、強制わいせつ、売春、児童買春、淫行条例違反、児童福祉法違反の「性交若しくは性交類似行為」が含まれることになります。

しかしながら、刑罰法規には、時間的な制約と場所的な制約があります。

(時間的な制約)
⇒刑罰法規の施行時以前に遡及することは出来ない

(場所的な制約)
⇒法律:基本的に日本国の主権が及ぶ範囲にしか及ばない(国外犯処罰等は考えず、敢えて、大雑把に論じています。)
⇒条例:当該自治体にしか及ばない

時間的な制約という観点から考えると、過去の時代について描いた場合はどうなるのでしょうか?

例えば、江戸時代では、売買春は合法ですし、性交の最低年齢も決まっていません。領主の初夜権等もあったでしょうし、そもそも、権力者に逆らうこと自体が許されない時代、あるいは、奴隷制度が存在する時代もあります。そのような時代には、被支配者や奴隷に対し性行為を強要しても何ら違法性の問題は生じないでしょう。

直近の例を挙げます。東京都には、いわゆる淫行規定は2005年6月まで存在しませんでした。長野県には今でも淫行規定はありません(長野県内の自治体独自のものはある)。

場所的な制約との関係で言えば、国ごとに法律は異なります。自治体ごとに条例は異なります。

例えば、東京都の淫行規定は青少年を処罰の対象にはしません。他の都道府県には青少年をも処罰の対象にするものもあります。なお、処罰の対象となるならないにかかわらず、「刑罰法規に触れる」と解釈する余地もあります。

創作物であれば、時代・場所の設定は自由ですし、架空の時代、そもそも、全く価値基準の異なる世界を舞台とする場合もあるでしょう。このような創作物について、現在の刑罰法規を基準として、規制の対象とすることは、ナンセンスという他はありません。


第7条第2号から見える「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」の問題点: 弁護士山口貴士大いに語る
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2010/12/post-b9ed.html


つまり、7条1項2号の条文でいうところの「刑罰法規」というのがなんなのか、少なくともその時点でははっきり定義付けされていなかったわけです。
この「刑罰法規」についての詳しい解説は条文中・規則中のどこにも存在しませんので、事実上、山口氏が述べるように全ての時間・場所の刑罰法規が該当する可能性があるでしょう。


ところで、7条は自主規制の努力義務についての条文であって、これが守られなかったからといって不健全図書指定されるわけではありません。

不健全図書指定できる図書類については第8条に記されています。
今回の改正によって追加された条文は以下です。

第8条 知事は、次に掲げるものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。

二 販売され、若しくは頒布され、又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で、その内容が、第7条第2号に該当するもののうち、強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する
健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの


東京都青少年の健全な育成に関する条例
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/08_p1_1.pdf

この条文によって指定されるものが、改正によって新たに指定されることになるものであるといえます。

条文中に「第7条第2号に該当するもののうち」とあることから、今回追加された7条1項2号と8条1項2号は関連しています。
つまり、改正によって新たに指定されることになる(8条1項2号に該当する)図書類は、7条1項2号にも該当しているのです。

このような繋がりがあるために、条例8条の細かい基準である施行規則15条はそれを意識した書き方となっています。

条例7条の施行規則というものが存在しないために、その施行規則15条は、7条1項2号の「刑罰法規」の定義であるとはいえませんが、7条1項2号に「刑罰法規」の基準に当てはまるという点で該当した描写を指定するための、8条1項2号のさらなる「刑罰法規」の基準ではあるでしょう。

施行規則15条2項2号では条例8条1項2号に該当する刑罰法規が明記されているのです。

両条文が指す「刑罰法規」の範囲を仮に不当号で表わすなら次のようになるでしょう。

7条1項2号(無限大)>8条1項2号(施行規則15条2項2号の範囲)

まあ、7条文中の「刑罰法規」という言葉とはそこまで関係がないのかもしれませんが、施行規則15条1項2号を他の法令も引用しながら以下整理します。

(指定図書類、指定映画等の基準)
第15条
2 条例第8条第1項第2号の東京都規則で定める基準は、次の各号のいずれかに該当するものであることとする。
一 性交又は性交類似行為(以下「性交等」という。)のうち次に掲げる行為を、当該行為が社会的に是認されているものであるかのように描写し若しくは表現し、又は当該行為の場面を、みだりに、著しく詳細に若しくは過度に反復して描写し若しくは表現することにより、閲覧し、又は観覧する青少年の当該行為に対する抵抗感を著しく減ずるものであること。

イ 刑法(明治40年法律第45号)第176条から第178条の2まで、第181条又は第241条の規定の違反行為

(強制わいせつ)
第176条 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

(強姦)
第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

(準強制わいせつ及び準強姦)
第178条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第176条の例による。
2 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による。

(強制わいせつ等致死傷)
第181条 第176条若しくは第178条第1項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は3年以上の懲役に処する。
2 第177条若しくは第178条第2項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は5年以上の懲役に処する。
3 第178条の2の罪又はその未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は6年以上の懲役に処する。

(強盗強姦及び同致死)
第241条 強盗が女子を強姦したときは、無期又は7年以上の懲役に処する。よって女子を死亡させたときは、死刑又は無期懲役に処する。


刑法
http://www.houko.com/00/01/M40/045.HTM

ロ 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号)第4条の規定の違反行為

(児童買春)
第四条  児童買春をした者は、五年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。


児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO052.html

児童福祉法(昭和22年法律第164号)第34条第1項第6号の規定に違反する行為

第三十四条  何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
(略)
六  児童に淫行をさせる行為


児童福祉法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO164.html

ニ 条例第18条の6の規定に違反する行為

(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)
第18条の6 何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない。


東京都青少年の健全な育成に関する条例
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/08_p1_1.pdf


東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/08_p2_1.pdf


以上が、施行規則によって定められている、条例8条1項2号で不健全図書指定されうる刑罰法規です。

今現在はこれ以外の刑罰法規は触れていたとしても条例8条1項2号としてはスルーしてくれるようだ、とも読めます。
公然わいせつも含まれていないのはちょっと驚きでしたが。

まあ、規則は議会を通さなくても変えられるので、この「刑罰法規」の範囲がはさじ加減でさらに広がるのかもしれません。


補足:
ただし、条例8条1項2号に該当せず指定されなかった刑罰法規描写でも、施行規則15条1項3号ロにあるように条例第8条第1項第1号で指定される可能性もあります。

第15条 条例第8条第1項第1号の東京都規則で定める基準は、次の各号に掲げる種別に応じ、当該各号に定めるものとする。

三 著しく自殺又は犯罪を誘発するもの 次のいずれかに該当するものであること。

ロ 自殺又は刑罰法規に触れる行為の手段を、模倣できるように詳細に、又は具体的に描写し、又は表現したものであること。

東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/08_p2_1.pdf